HOWS講座「日本ナショナリズムと近現代」の前半を終えて
日本ナショナリズムを超克するために
HОWS二〇一八年前期講座で梅田正己さんの著書『日本ナショナリズムの歴史』(全四巻)のうち、Ⅰ巻「『神国思想』の展開と明治維新」、Ⅱ巻「『神権天皇制』の確立と帝国主義への道」をテキストに、「日本ナショナリズムと近現代」をテーマにして六回にわたって学んだ。
Ⅲ巻「『神話史観』の全面展開と軍国主義」、Ⅳ巻「国家主義の復活から自民党改憲草案まで」は十一月に開講する後期講座で取りあげていくので、引き続きご参加ください。
五月十二日の前期開講講座に梅田さんを招き『日本ナショナリズムの歴史』の執筆意図を聞いた。参加者は五七名と新しいHOWS会場いっぱいの盛況であった。
Ⅰ巻の前半「日本ナショナリズムの源流」は飯島聡さんが報告。後半の「日本史の中の天皇制──天皇制はどうしてかくも長く存続できたのか」は藤原晃さんが報告した。Ⅱ巻の前半「近代天皇制国家の構築とナショナリズム」の報告はこの講座の世話人、土松克典さん、渥美が担当した。
後半の「福沢諭吉にみるナショナリズム形成の軌跡」は伊藤龍哉さんが報告した。九月二十二日に講座前半のまとめとして「各報告者が梅田さんに聞く」を開いて討論を深めることができた。また若い世代の報告者には慣れない分野の学習に取り組んでもらい、それぞれに熱のこもった報告をしていただいた。
Ⅰ巻では、それまであまり一般に知られていなかった天皇が、幕末になってなぜ脚光を浴びるようになったかが問われている。欧米列強の外圧にさらされて、二八〇余藩によって成り立っていた幕藩体制下の日本は早急に統一国家を作る必要に迫られた。その中心に天皇が据えられた。「日の神に連なる天皇に統治される国」、「神国日本」は古代から連綿と続く万世一系の血統を誇る天皇によって治められていた、世界に類のない国として位置づけられていた。日本ナショナリズムの骨子がここに登場した。本居宣長から平田篤胤につながる国学の流れ、藤田幽谷、東湖父子、会沢正志斉らの水戸学がこの思想を準備した。
Ⅰ巻の後半では、武家支配の続いた中世、近世を通じて天皇がなぜ、細々としてではあったが命脈を保つことができたのか、この日本史のアポリアとされているものが問われている。古代社会の支配者であった天皇は、力を失っても神格化された権威をおびた存在となり、時々の政治権力者は自己の正統性を保証させるものとして天皇を利用してきた、というのが著者の見解である。
Ⅱ巻では幕末から日清戦争まで、近代天皇制の成立過程があつかわれている。岩倉、西郷、大久保、木戸ら下級武士と下級公家の志士たちは王政復古(一八六七年)のクーデターで公武合体派の大名たちから変革の主導権を奪う。一五歳の少年、明治天皇をかついだ有司専制の政治体制が出現した。天皇の名のもとに藩閥官僚が専制をふるう近代天皇制の政治構造が姿を現わした。近代天皇制は維新の過程で作りだされたフィクションなのである。
不平士族の反乱をつぶし、反政府農民一揆を抑さえ、自由民権運動を骨抜きにして一八九八年大日本帝国憲法発布、近代天皇制国家が確立した。富国強兵の国是のもと、内に対しては強権的、外に向かっては侵略的な近代日本の出発となった。日本国民は日清戦争で他国と戦い、「日本」を意識し、ナショナリズムを体感的に身につけていった。同時にまた、中国、朝鮮への蔑視をも身につけていった。
著者はⅡ巻の後半を福沢諭吉論に充てている。明治の最初の段階で『西洋事情』『学問のすすめ』を著わし、欧米の自由思想、民権思想をさかんに鼓吹し、「門閥制度は親の仇」と封建制、儒教を激しく攻撃し、尊王家が圧倒的多数を占めるなかで出色の啓蒙家であった福沢が、後になぜ国権主義者となり、侵略をあおる言論活動を積極的に行なうようになったのかを克明に分析している。全四巻の著書のなかでも一番力のこもった部分である。
十月二日、安倍第四次内閣が発足した。文部科学相に就任した柴山昌彦は早速、教育勅語は「使える分野は十分にある」と暴言を吐いた。安倍内閣は昨年三月「憲法や教育基本法等に反しない形(そんな形がどこにあるのだ!! 筆者)で教材として用いることまでは否定されることではない」と閣議決定している。だから柴山個人の暴言としてだけとらえるわけにはいかない。
読者の皆さんはすでに承知のことであるが、教育勅語の眼目は「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以って天壌無窮ノ皇道ヲ扶翼スヘシ」にある。個々の徳目はここに集約されるのである。
安倍の改憲の本丸は天皇の元首化であろう。「象徴」天皇では日本ナショナリズムに太い芯が入らないのである。このご時世に「神権天皇」を言いだせば世界の笑いものになる。そうは思っても心の底ではそれに近いことを冀っていることは間違いないのである。
日本ナショナリズムを超克するために日本ナショナリズムを学ぼう。【渥美 博】
(『思想運動』1031号 2018年10月15日号)
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