HOWS講座報告
ウクライナ情勢と朝鮮
歴史的・大局的なものの見方の必要
高演義(コヨンイ)(朝鮮大学校客員教授)


わたしはウクライナ問題の専門家ではなく詳しく研究してきた者ではありません。ただ、欧米の新聞を集中的に読んでいる頃にあれっと思ったのが、ウクライナとの濃密なる付き合いの始まりでした。たまたま外国語をかじった人間として八年前に「ウクライナ・クーデター」〔別掲〕という記事を書きました。
日本の国外に脱出しないと世界と出会えないと冗談を言う方がいますが、実際そうだ。政治家・マスコミをはじめとして、すぐ隣の朝鮮民主主義人民共和国にも理解がない。それでは、ウクライナなどわかるはずもありません。
今、ウクライナのことは「パスポート」です。朝から晩まで毎日、ウクライナについて「人道主義的」文章を書いていれば歓迎される。拉致問題の時もそうでしたが、物事の本質を深く知ろうとするよりも、みんな「人道主義者」になるのです。とくに特派員だとか新聞記者だとか、こういう人たちは勉強をしません。いま日本では小学生から大人にいたるまで「ウクライナかわいそう」がキャッチフレーズになっていますが、これはある種の思考停止です。なにか自分自身で探って研究してみようというのではなくて、商業新聞やテレビに「お任せします」という感じで暮らしているように見えます。

語学について

わたしは在日朝鮮人二世として生まれました。

いちばん最初に入学したのは朝鮮小学校でしたが、GHQによって学校が潰されて以来、日本の学校で教育を受けてきた。日本による朝鮮植民地支配はわれわれを対象にずっと続けられてきたのです。
今も朝鮮高校は無償化制度からは徹底的に排除する、他のどの外国人学校でも認めるが朝鮮と名の付いた学校は徹底的に排除する。言い出しっぺの民主党政権から自民党政権まで変わりはなく、右も左も真ん中も朝鮮を排撃する点で一致しているわけです。
わたしは植民地教育を戦後ずっと受けてきたわけですが、朝鮮大学校でいろいろな科目を数十年間、朝鮮語で教えてきました。朝鮮学校に何か月しか通っていない、小学校一年生の頃に追い出されて以来、日本の学校しか通っていないわたしが数十年間、朝鮮大学校で朝鮮同胞の子弟たちを相手に朝鮮語で授業をしてきたのです。
では、わたしの朝鮮語はどこから出てきたものなのか、それは第一にわたしの努力です。第二にやはりわたしの努力なのです。第三に平壌放送です。平壌放送に講座シリーズがあり聴き続けていました。そうして、わたしは奪われたものを取り返したのです。総聯がわたしを救ってくれたわけではない、自分から総聯という組織に真実を求めて行って、働かせてくださいと言ったわけです。わたしをオルグした人などいません。わたしが自分自身をオルグしたのです。そうでなければ生きていけませんでした。そういう経緯もあり、わたしは言葉が非常に大事だということを、いろいろな言語を学びながら感じていました。
当時、日本では世界はアメリカとソ連と中国で動かしていて、それ以外に国がないかのような報道がされていました。わが学友たちもこの三か国が世界を動かしていると思って勉強していたのです。大学に入ったらフランス語を学ばなければ世界が見えてこないと思い、フランス文学から入っていきました。
言語を身に着けたがゆえに組織運動をするうえで、国際会議があると「おまえ行って来い」と十数か国に派遣された体験があり、その体験を通して世界には六〇〇〇もの大小諸民族が生きているのだと直に知りました。ちょうどキューバ革命の頃、世界は図体のデカい国だけで成り立っているのではなく、多くの小さな国々によって成り立っているのだということをわたしは発見したのです。日本人のだれもそういうことを教えてくれませんでしたが、わたしは発見した。世界は数々の小さな国で成り立っている、その中に朝鮮も入るのだと。そのことを発見した瞬間、嬉しかったというよりも誇らしかった。世界に接近したという生の感触がありました。

国主義の攻勢

今日の話を一本に絞れば、帝国主義の攻勢についてです。NATOというのはどこまで拡大していこうとしているのか。ワルシャワ条約機構はすでに解体されたわけです。しかし、NATOは失礼な連中で自分たちだけは解体しない、それどころかドイツ統一の過程でまんまとドイツ全部をとって、次はポーランド、ルーマニアというふうにロシアと国境を接している国々に拡大していきました。
次はウクライナで決まりです。そこではネオナチががんばっています。そのネオナチにとっての神話的存在がステパン‐バンデラです。ウクライナ愛国者組織(OUN)のヒトラー主義者です。
あの手この手でじわじわと旧ソ連を解体したレーガンの「偉大なる業績」を、今度はソビエト連邦からロシア連邦に移ったこの時代にバイデンの「偉大なる業績」として繰り返そうとしています。
『思想運動』四月一日号に特集が出ていますが、そこでは日本の商業新聞とまったく違う世界が見えます。あそこにキューバ政府の声明文も出ていましたが、実によく勉強しています。実によく物事を見ているし、真実に近寄ろうとする人間の誠実さが感じられます。日本の商業新聞の報道ではそれが決定的に欠けています。それら「人道主義的」報道だけを見れば、ただ「ああかわいそう」という風にしかなりません。拉致事件の時の国民的ヒステリーまではまだ行っていませんが、これがどこに流れていくのかわからない。
二が六つ並ぶ二〇二二年二月二十二日に何か起こるぞと朝鮮問題研究センターの副センター長・金哲秀(キムチョルス)先生に話したら二十四日にはじまりましたが、まさかこういう形で起こるとは思っていませんでした。ましてや首都キエフまでは行かないだろうと日本の専門家の方々も述べていましたが、わたし自身もそう思っていました。ロシア民族がたくさん住んでいる東南部、そこだけだと思っていました。それはだれにも予想できなかったことではないでしょうか。
その時アメリカは何をしていたのでしょうか。あまり報道されないですがソマリア空爆を行なっていたのです。日本の商業新聞では情報が入ってきません。わたしはアメリカ帝国主義の侵攻状況をずっと追ってきました。朝鮮戦争以後、名を変え、品を変え、形を変えていろいろな国に対して戦争を続けています。「戦争が起きる」と言うとさも自然発生するかのようですが、そうではなく戦争の実態は「起こされる」ものです。
二月二十四日にはじまったから2・24、朝鮮戦争の場合は六月二十五日に始まったので6・25、朝鮮語で「육이오(ユギオ)」といいます。日付というのは曲者で朝鮮戦争については「朝何時何分に朝鮮人民軍が三八度線を越えて南下してきた、つまり韓国に侵略してきた」とこればかり言われます。歴史にある一コマを捉えて、学校でも6・25と取り上げて、その日から戦争が始まったとして北の人民軍が侵略したと定義づけられるわけです。ブルース‐カミングスが研究して発表しているように本当は6・25ではありませんが、いまでもそうだと信じている大人がこの日本にはゴマンといます。
しかし、そういう言い方は世界史の略年表で便宜上そうやっているだけで、戦争はその日にはじまったのではありません。朝鮮戦争はその前にすでにはじまっており、ウクライナでは「ウクライナ・クーデター」を見ればわかるようにすでに八年前に始まっているわけです。
遡れば、ドイツ統一の時、ベルリンの壁が崩れたその時から計画が存在したわけです。雪崩を打ったようにNATOは中央ヨーロッパ、東ヨーロッパに拡大していきました。そして、ついにロシア国境まで行くのだと言ってウクライナを取り合いっこしているわけです。ウクライナは何の関係もなく犠牲者です。

朝鮮戦争は続いている

米韓軍事合同演習が春・秋、年二回、一〇日間にわたって行なわれています。だれを相手に韓国を巻き込んで毎年毎年、行なっているのか。社会主義国家・朝鮮民主主義人民共和国に対してです。
軍事演習での鉄砲の方角は平壌の方に向けられています。ミサイルも大砲もピストル類もぜんぶ平壌の方に向いています。そういう状況でみなさんなら夜眠れますか? 平壌にはよく遊びに行き、親戚がたくさんいますが、かれらはたとえ話で「昔はいつも靴を脱いで眠れなかった。でも、ここ最近は靴は脱いで靴下を履き寝ているよ」というジョークが飛ぶほどの戦時中なのです。いまこうした事実は日本社会では理解されません。
日本で戦争と言えばどこか遠い場所の話と受け取られがちですが、隣の国は戦争中なのです。パレスチナとどっこいどっこいですが、八〇年近くも鉄砲を構えてお互いに向き合っているのです。
一九四五年八月十五日に日本が敗れて朝鮮民族が解放を喜び、その直後ソ連は出ていきましたが、アメリカは居座りました。そしていまだに韓国軍を巻き込んで合同軍事演習を続けています。人の屋敷の玄関、目と鼻の先でドンパチドンパチ毎年やられて平壌の人たちはいまも眠れないのです。この戦争状態をなんとか終わらせないとダメだと努力してきたのが朝鮮戦争休戦条約からの七〇年間でした。
なぜ朝鮮半島でふたたび戦禍は起きなかったのか。アメリカのおかげですか? だとすればありがたい帝国主義ですね。戦争を止めてくれるのだから。とんでもない。アメリカは戦争の準備のために、つまり攻撃するために米韓合同軍事演習を毎年するのです。
東アジアの平和を守っているのは朝鮮人民軍です。自衛隊の家族の平和を守ったのも共和国の軍隊です。自衛隊はイラクの時も戦場に送られようとしていましたが、朝鮮人民軍のおかげで三八度線まで派遣されず済んでいるわけです。戦争は起こされるもの、作られるものですが、平和もある勢力の努力によって作り出されるものです。

フェイクニュース

帝国主義的な悪辣さというのは捏造です。戦争を起こすには開戦理由が必要だからです。理由がなければ捏造してフェイクニュースを流し、いつの間にかそれを事実として記録すればいいわけです。
報道というのはとても危険なものだと思っています。英語で「報道する」というのはcoverと言います。coverにはもう一つの意味があり、「モノを隠す」という意味もあります。実に日本の報道は英語のcoverというものを如実に示していると思います。
一九世紀のアメリカ・スペイン戦争のきっかけとなったメイン号事件があります。アメリカの艦隊であるメイン号が事故で沈没したのです。するとアメリカの軍部はスペインが砲撃してきたとでっちあげたのです。これが開戦理由です。面白い話があって、キューバに派遣されたアメリカの特派員がこの島にやってきて本社に連絡し、「毎日毎日待っても派遣された意味がわからない。なんの事件も起こっていませんよ」と言ったら、社長さんは「もうしばらく我慢してそこでじっとしていろ、帰ってきちゃダメだ。数日後に歴史的な事件が起きるから」と返答したのです。何の話なんだ、神様のお言葉なのか。ところが数日後、実際に事件は起きたわけです。一九六四年、トンキン湾事件。これはもうみなさんご存じです、ベトナムに介入する口実でした。それからいちばん笑ったのは一九九二年のソマリア侵攻です。あらかじめテレビ局に何時何分に上陸するぞと海兵隊が知らせてくれているわけです。そうしたら海から海兵隊がソマリアに上陸した瞬間、ずらりとテレビカメラが待っている。すでに待っている。これが戦争です。
戦争は帝国主義の作り上げるものです。最近では二一世紀になって大量破壊兵器があるとイラク戦争を起こしたでしょう。大量破壊兵器などどこにもなかったわけですが、戦争さえ起こせればそんなことはどうでもいいわけです。あとでウソでしたと言ってしまえばいいわけで、もう途中で「独裁者フセインを打倒してイラクを民主化する」と開戦理由を言い換えたのです。
イラクは今ものすごい混乱に陥っています。しかし、帝国主義者にとってはそんなことはどうでもよく戦争が起きればいいわけです。今まで一度も戦争に加わらなかったNATOが冷戦後に、ワルシャワ条約機構が解体されたため、冷戦後になって初めてコソボでドンパチを始めるわけです。これが帝国主義、いつも後ろにはアメリカがいるわけですけども、これが東方拡大勢力の正体なのです。コソボのアルバニア人、コソボにはたくさんのアルバニア人が住んでいますが、かれらを救うのだという口実でセルビア潰しを行なうわけです。そして今度は西側に寝返るクーデターを起こしたウクライナを救うのだという口実で現在もロシア潰しにえんやこらとがんばっているわけですね。
目標はアメリカが支配する帝国主義世界ですね。二一世紀の中ごろまでには完成品を作り上げたいようです。

報道の大切さ

わたしは先ほどからメディア問題で不平不満を吐露しましたが、報道自体はとても大切なものだと思います。報道がなければわたしたちは真っ暗闇の中で生きていくしかない。報道があるがゆえにわたしたちはいろいろなことを知ることができ、愛と憎しみの世界に触れられ、人類の未来をどのようにすればいいのか考えることもできます。
ところが日本に長く住んでいる実感では情報に溢れた時代で「情報化」と言われますが、わたしに言わせれば極端に偏りすぎています。朝鮮絡みでは、拉致事件の国を挙げてのあの熱狂、あのヒステリー。毎日、毎日、同じで、絶対に植民地時代にわたしの父親と母親を半分拉致の形で済州島から連れてきたということは一行も書いてくれなかったのです。横田早紀江さんは少しお話をしましょうと言うのに、先へ先へと進んでしまう。そういう状態でした。
ですから情報の偏りというのはとても心配です。そして、それはどういうことかというと善悪二元論なのですね。「拉致被害者かわいそう」「ウクライナの人かわいそう」。これにはすべて悪者が必要です。その片棒を担ぐのが日本メディアなのです。
いまは、朝から晩までプーチンを悪者に仕立てあげる。あることないこと些細なことでもいいからプーチン悪者論。一九九〇年代にとても苦しい状態にあった朝鮮民主主義人民共和国の総書記金正日(キム ジョン イル)さんを徹底的に悪者役に仕上げたではないですか。悪者役が必要なのです.「人道主義的」報道が商業新聞で読者を広げるためにはそれがぜひ必要なのです。もうここまで来ると従軍ジャーナリストです。記者も軍隊の一部なのです。

おかしな日本語――「国際社会」

『思想運動』四月一日号を読むと、日本で発行していいの、当局からクレームが出るのではないのというくらいアメリカ・NATOの本質を突いた各国政府、各国共産党・労働者党の声明文が掲載されています。貴重な新聞です。
日本の記者は日本語を知りません。国際社会? 真っ赤なウソです。言葉としてウソです。わたしは朝鮮民族の一員として日本の学校で学んだのである意味では日本の総理大臣よりも日本語は上手いです。日本の総理大臣は漢字も読めないですし間違えて使ったりしますしね。
昨日も岸田総理がラジオで「国際社会と連携を深める」と言いました。共和国がロケットを打ち上げ、そして海に落ちますね。そうすると「国際社会と連携を深めながら北朝鮮に対して対処します」と必ず談話が発表されます。
わたしの友人が外務省に「国際社会」にはどういう定義があるのかと電話したことがあります。外務省の職員の応えは「外務省ではその国際社会という言葉について定義はなされておりません」でした。
ところが、日本の政治家はみんな「国際社会」という言葉を使っている。そして朝鮮問題が絡むと必ずその言葉が出る。なので探ってみたら、「国際社会と相談して」という時の「国際社会」は実は、アメリカなのです。アメリカが「国際社会」なのです。これにみんな騙されている。
帝国主義に反対して自主的に進もうという精神で第三世界の指導者たちが作り上げた非同盟運動というのがあります。ここには約一三〇か国が加盟しています。もちろん朝鮮も参加しています。韓国は入る資格はない。帝国主義と軍事同盟を結ぶ国は入れないという規約があるのです。もちろん日本も入れない。
こういうところが国際社会ではないですか。いちばん最初に言いました。数多の小さな国々によって国際社会は成り立っている。わたしはある日、発見したのです。研究に研究を重ねて非同盟運動について長い論文を数本、書きました。このように世界を見渡すといかにメディアがだらしないか、それが戦争を深めていくか、戦争の先棒を担いでいるかがわかります。

ユーフィニズム  

日本のメディアではユーフィニズムがお盛んですね。何でも言い換える。いま真っ盛りなのは「敵基地攻撃能力」と言っていたのを「反撃能力」と言い換えることです。日本軍性奴隷は「従軍慰安婦」と言い換えられてしまう。敗戦は「終戦」と呼び、「敗戦」と書いた学生の答案用紙には×、つまり真実を答案用紙に書くと×が付けられてしまいます。敗戦を「終戦」と赤ペンで直されるという、笑うに笑えない学校教育があります。アジア侵略、侵略とは言わず「進出」と言う。甲子園進出ですか。ここまで来たらバカバカしいですね。
今、外国人労働者が食えなくて日本に駆け込んでくる、一時的には密入国の形になりますが、わたしたちの父親や母親はそうやって大阪に逃れてきたのです。そうした外国人労働者をすぐに「不法労働者」と決めつけるのです。それがそのまま新聞に載ります。わたしたちの一世はこういうことには慣れっこで歴史的に朝鮮の労働者は「不逞鮮人」と言われました。在日朝鮮人は密入国者と罵倒され、「第三国人」と呼ばれ犯罪者イメージの中で生きてきた。
朝鮮を正式名称で言えない、呼ぶ能力のないメディアは日本のメディアだけです。何と言っているか。「北」「北」、キタキツネではあるまいし。小学校で「北」という国が宿題で出て、『世界の国々』という絵本を広げて、調べて宿題をやって次の日、「先生、いろんな国を調べてきましたが『北』という国はありませんでした」と言う。「北」なんて国はないでしょう。でも日本の生活の中でまかり通っているのです。日本の新聞、テレビ、ラジオを通じて当たり前になっているのです。

「唯一の被爆国」

「唯一の被爆国」、この日本語もおかしい。「唯一の戦争被爆国」と戦争をくっ付けて報道することもあります。国際条約の文章にもヒバクシャと横文字が出るようになりましたが、わたしは日本語というものが解らなくなってくる。
男がいれば女がいる、東があれば西がある。当然、被害者があれば加害者という対語がある。なんとこれが核問題になるとないのです。これが不思議でね、広辞苑だとか辞書や百科事典を調べても、被害者には加害者ですが、被爆者には対語がないのです。そこでわたしは「加爆者」という言葉を「発見」したのです。わたし以外にこれを言った人に会ったことはないです。
わたしは被爆者問題には同情的で同じ運動をする友人も多いのですが、討論するときいつも不満を二つ言います。
第一に、そもそもだれが落としたのかとわたしは言うだけです。つまり加爆者はだれかと。そして加爆という日本語をわたしから教わるのです。だれが落としたのかということは言わなければいけない。被爆者のみなさんは、自分たちが「かわいそう」と訴え、「写真展をみてください」「原爆ドームにいらしてください」これで止まってしまう。だれが落としたのか。謝罪なきオバマの広島訪問には驚きました。なぜ加害者を追及しないのか。被害者の対語は加害者だと広辞苑にあります。被爆者の対語は出ていません。だれも使わないのです。
第二に、「唯一」ではないということです。もっと目を広げて世界を広く見なさいということです。広島に原爆が落とされた時、住んでいたのは日本人だけですか? 真っ赤なウソです。一〇人に一人は朝鮮民族です。長崎もそうですね。でも、いっさい、だれも言わない。そして朝鮮民族と朝鮮学校と在日朝鮮人は広島・長崎で歴史からおいてけぼりにされる。記録もされず、日本人の記憶にも残されないという状態です。
わたしはこの状態は日本人にとって危ない状態だと思い、必ずそのような場があれば発言するようにしています。良い運動をしている方々の前で言い難いことではありますが、こうした言葉のウソというのは徹底的に調べる必要があると思います。なぜなら言葉の怖さは軽く言った言葉でも独り歩きするからです。

「朝鮮問題」は日本問題

 簡単に言うと、「朝鮮問題」は日本問題なのです。朝鮮問題は朝鮮問題であって、朝鮮問題ではない。日本問題です。朝鮮に問題はありません。戦争中に何をやったか、それを戦後に謝罪もしないし認めようともしない。ましてや補償もしないし、ぬくぬくと二一世紀の半ばに突入しようとしているのではないか。これは日本問題ではなく朝鮮問題ですか。朝鮮が何をしたのですか。朝鮮が日本を侵略したのですか。朝鮮が日本を侵略したのではありません。百パーセント、日本問題です。
だから朝鮮半島問題について解決の道を探すのは日本です。みなさんの宿題です。
朝鮮は放っておいても制裁を受けても生きていけます。
米国は朝鮮戦争の時、平壌を空爆し、四二万発も爆弾を投下したわけです。今のウクライナどころではありません。
パリ大学の友人でわたしが翻訳した『第三世界』(文庫クセジュ、一九九一年)という本の著者エドモンド‐ジューヴが平壌を訪問して、税関を出て高層ビル群を見上げながら「ここはドバイか」と半分冗談で訪問記を書いています。朝鮮戦争時、アメリカ帝国主義が一二〇〇回にわたり、四二万発以上の爆弾を投下した。その時の写真を見た方もいると思いますが建物が一軒くらいしか残っていなかった。みんな灰になってしまっていたのです。一〇〇年は立ち直れないだろうと言って休戦条約にサインしたわけです。ところがどっこい何年かで高層ビルが建って、建設ラッシュでわたしは行くたびにビックリします。平壌は空気がとにかくきれい、朝起きて空気を吸いに散歩に行くのです。あの空気を吸ったらしばらくは東京でも生きていけます。このスモッグの大都会の中を平壌の空気を缶詰にするわけにもいかないので、わたしの肺の中にたっぷり吸いこんで帰って来るわけです。
とにかく日朝関係です。日朝関係についてみなさんは問題意識を各自鋭いものをもっておられると思いますが、たとえば朝鮮が核実験をやったときに、「平和国家だったのに」と一部の在日同胞たちもびっくりしてしまって、「もうあの国を祖国だなんて思わない」という風になってしまう。拉致問題と核問題というのはわが同胞社会を直撃したのです。活動家たちもそうです。何も言えない。「めぐみちゃんを日本軍国主義から学んだ拉致の仕方そのままにトラックに船に乗せたバカな国にはついていけない。日本に帰化するのだ」と朝鮮高校を出ていった家族が帰化していま日本人として暮らしています。「もう日本人になる、ああいう国は付き合っていられない」。日本のメディアがこの人をこういう風に作り上げたのです。この日本のメディアは戦争の一方に加担していないと言えますか?加担しているのです、兵士の一員なのです。兵士『朝日』、兵士『毎日』、兵士『読売』という風に隊列が整っています。これはいま、ウクライナで警戒されていることですね。
何百人が救われて爆撃されているのかわからない。両側で言っていることが違うわけですからね。いずれ判明するときは徹底的に調べます。いろいろな国の言葉でですね。日本語だけではダメです。とくにフランス語、加藤周一も言っていましたがヨーロッパの言語としては、フランス語経由で入ってくる情報や文学の流れは無視できない。
とにかくわたしは物事を大きな目で見るべきだと常々思っております。歴史的に見ることです。なぜ朝鮮は核実験をしたのか。今、目の前の核兵器を見るのではなくて、大元、川の上流を見なければなりません。ウクライナ戦争、だれが火をつけたのですか。NATO、それよりももっと奥の泉がある。アメリカ帝国主義の攻勢がとくに冷戦後、どれほどひどいものであるかを現在わたしたちはまざまざとウクライナを舞台に見せつけられております。

(『思想運動』1077号 202261日号)