HOWS講座報告
小出裕章「科学的に考えることの大切さ」から

事実に立つということ

「死の灰」製造機械
 まず「原子力」とは何かという根本の話からはじまった。一〇〇万kw規模の原子力発電所を一年間運転するには、一トンのウランを燃やす。つまり広島原爆の一〇〇〇発分を超える「死の灰」を作り出す。その量をプロジェクターで大小二つの正方形を映し出すことで一目瞭然に比較して見せた。
 原発も機械であるから故障もするし、人間が動かすのだからミスも起こす。原発推進側もその絶対的危険性をわかっているからこそ一七か所五四基の原発はすべて東京、大阪、名古屋などの巨大な都会を避けて作られている。それを地図上で原発の位置を確認していった。あらためて見せられると「絶対安全」の欺瞞の酷さと同時に、なぜ嘘がまかり通ってしまうのかと考えさせられる。
 
事実としての汚染
  
 次に政府作成の汚染状況を色分けした日本地図が映し出された。東北から関東のあまりにも広大な地域に一㎡あたり三万ベクレルから六万ベクレルの放射能が降り積もっていることがわかる。小出さんの職場であった京都大学原子炉実験所は「放射線管理区域」と法令で指定されていて、小出さんのような特殊な仕事をする人間だけが入ることができ、入れば飲食は禁じられ、寝ることもできないしトイレすらない。出るときには、放射線の測定器で手や、実験着を測り一㎡あたり四万ベクレル以下でないとドアが開かない。それほど厳重に放射線障害を防止している。つまりその広大な地域全体が「放射線管理区域」であり、生活など到底してはいけないはずなのだ。だからいまだに緊急事態宣言が撤回できない。これほどのデタラメがあるだろうか。国・行政は放射線障害を無視すると宣言し続けていることにほかならい。それを「国民」が許し続けているということだ。

原子力マフィア

 日本に五四基ある原発はすべて自由民主党が政権のときに安全だと言って認可してきた。その自民党議員で復興大臣今村は二〇一七年に「まだ東北の方でよかった」と言った。原発産業とゼネコン、広告会社、政党、官僚、電力会社、中小企業、そこで働く労働者の組合、学会、マスコミなどが一体となって巨大な権力組織を作り、原発は絶対安全だと言って大儲けをした。事故が起きても何の責任を取らずに、今度は除染でゼネコンが、広告会社がその宣伝で大儲けをする。「復興」と称して巨大箱物施設をどんどん作る。どんなことがあっても原子力からは金儲けができるのだ。小出さんはかれらを原子力マフィアと呼ぶ。かれらが得た「教訓」は、「どんなに悲惨な被害を与えても責任を取らずに済むし、会社も倒産しない」ということなのだ。
 これからさき一〇〇年経っても管理区域レベルの汚染は続き原子力緊急事態宣言も解除できない。「風評で汚れているのではなく、事実として放射能で汚れているのです」との小出氏の言葉は、気分ではなく事実を優先させようとの当然の主張のはずだ。

すべては絡み合っている

 さらに小出氏はウクライナの事態についても「すべての出来事は一つ一つ独立して無関係にあるのではない、大きな歴史の流れの中で全部が絡みながら起きていることをきちっと理解することが一番大切」だと訴えた。ロシアがウクライナに軍事侵攻した二〇二二年二月二十四日以降、政府もマスコミもロシアが悪い、プーチンが悪いの一色になっている。もともとウクライナは東西の間にあって文化的にも色合いの違う人たちが住んでいた。二〇一四年に「マイダン革命」という軍事クーデターが起こり、ヤヌコヴィッチという親ロシア派の大統領が追い出されて親ロシア系の住民への弾圧から内戦状態となり、二〇一四年と一五年にミンスク合意という停戦協定がむすばれたが、ウクライナ政府はそれを守らなかった。日本ではほとんど伝えられないがそういう経緯があった。そしてその背景にはアメリカを盟主とするNATOによる東方拡大の意図も影響していた。ウクライナ戦争はロシアによる侵攻で始まったのではなく、むしろロシアは米国の罠にはまってウクライナを攻撃し、今はNATOを相手に戦うことになっている。
 その一方でウクライナ支援を煽るメディアや政府は、アフガニスタン、イラクへの侵攻、リビアのカダフィ政権への攻撃、イスラエルによるパレスチナへの侵攻など、二一世紀以降も続くアメリカの非道に対して口を噤むどころが、協力してきた。誰しもが知りうることなのに、その矛盾を多くが指摘しないのはなぜか。
 このような矛盾は、繰り返される朝鮮のミサイル報道と米軍が主体となって繰り返す軍事同盟国との巨大な合同軍事演習(実態はあからさまな軍事的威嚇)にたいしても同じだ。
 戦争の背景には巨大軍需産業がある。なかでも米国系軍需産業は世界シェアのほとんどを占め、世界の軍事大国の二から一〇番までを合わせてもなお米国の軍事費には届かないほどだ。つまり米国こそが戦争の元凶なのだ。

エネルギー浪費社会こそが

 現在、首相岸田は「GX」などと宣伝しながら四〇年の原発寿命を撤廃し、新型炉に意欲を示している。ようは二酸化炭素を出さない原子力をやろうと宣伝している。生命にとって必ず必要な二酸化炭素が悪くて、必ず危険だという死の灰の方が「クリーン」だというバカバカしい逆転した理由がどうして受け入れられるのか。それは多くが二酸化炭素だけに目を奪われているからだ。そもそも地球温暖化二酸化炭素主要因説は誤っていて、人間活動とは関係なく地球の温度は変化してきた。ここでもウクライナや朝鮮の見方と同様に、他の事柄との関連を切り離し、関係を見ようとしないことこそが脅威だということが見えてくる。
 現在の地球環境、生命環境の危機の根源はなにか。大気汚染、海洋汚染、 森林破壊、山西部砂漠化、産業廃棄物、生活廃棄物、環境ホルモン、マイクロプラスチック、放射能汚染、さらには 貧困とか戦争などたくさんの危機に直面している。どれも人間の際限のない欲望が生み出した大量生産、大量消費の結果だ。二酸化炭素とは何の関係もない。本当に考えなきゃいけないのは、エネルギー浪費社会そのものを廃止することだと強く主張した。

目的は核保有

 そして原子力にしがみつく本当の理由は石破茂が「正直」に語っている。「原子力政策というのは核政策とセット…日本は核を作ろうと思えば…一年以内に作れる。…私は放棄すべきだとは思わない」。これが原発の真の目的なのだと。
 日本は米軍占領から独立しても日米安保でアメリカとの軍事同盟を結んだ。つまり「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」軍隊を一切持たず戦争を放棄すると宣言した憲法は一分一秒たりとも実態を持ったことがない。日本の軍事費は世界第九位の軍事大国であり、これから倍増させようとすらしている。着実に戦争が準備されている危機的状態にある。「民主主義とは選挙のことではなく、選挙で選ばれた政府が戦争に向かって暴走するような時には、それを止めるということも民主主義を担う主権者であるわれわれの責任なのです。民主主義というのは常に自分の意思を発信する決意のことだ」との言葉が印象に残る。
 今回の講演では科学的に考えることがテーマだった。原発汚染水を海に捨てるに当たっても、科学的に安全だと宣伝されているように、非科学が「科学」を名乗って跋扈している。定量的に比較し、論理的一貫性を持って認識し、諸事象の因果関係の中で解釈をすることが講演の中でも繰り返された。小出さんはいまでも精力的に講演活動をつづけ、毎月三日には松本駅前でスタンディングを続けている。どんなに少数派だろうが真実の立場に立ちつづけ運動を実践する。その本来の科学者として姿に感動しないではいられなかった。【藤原晃】

(『思想運動』1094号 2023年11月1日号)